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1. 無理して若ぶらない
笑 福亭笑瓶師匠は現在53歳ですが、雑談のコツは「自分の年齢を認めること」だと言います。53歳はすでに「オヤジ」ですし、若い人から見たら「お兄さん」 ではなく「お父さん」に近い存在です。若い人と話すからといって、無理に若ぶったりしないこと。そういう自分を認めることから、等身大のコミュニケーショ ンをとっていきましょう。

2. 等身大でいること
見栄を張ったり、背伸びをしたりすることをやめましょう。誰とでも楽しく雑談をすることは、等身大の自分でいることです。見栄を張ったからといって、相手が楽しくなるわけではありません。無理して背伸びをせずに、等身大の自分でいきましょう。

3. 恥をかくことに慣れよう
若 い人、年上の人と話していると「え、それ何?」ってことがたくさん出てきます。そういうときは、どんどん「知らない。教えて」と聞くことです。知らないこ とは恥ではありません。たとえ恥だったとしても、慣れてしまえばどうということもありません。「恥をかきたくない」と話を合わせず、素直に聞いてみると相 手も心を開いてくれるものです。

4. 説教癖をつけない
年 を重ねると、経験値が増える分だけ「説教」が増えがちです。説教は、誰もを楽しませるためには必要ありません。大勢の人が居る場所での会話で、説教をする ことはやめましょう。自分ではそんなことない、と思っていても、案外説教していることもありますから、周りの人に聞いてみるといいでしょう。

5. 相手の話をよく聞くこと
こ れは雑談に限らず、会話全体の基本中の基本かもしれません。たまに自分から質問をしておきて、いざ相手が答えているときに、その内容をちゃんと聞いてない 人を見かけます。質問をすることも大事ですが、その答えをしっかり聞くことも大事なのです。相手の話には、次の会話に続くヒントがたくさん詰まっているの で、それを逃さずキャッチできるようになりましょう。

6. よく観察する
雑 談といっても、普段の仕事の中や相手の行動から、話になることもたくさんあるもの。「髪型変えたな」とか「ああいう癖があるのか」など、しっかりと観察す ることで話のネタにつながることも多いものです。雑談はすでに、雑談を始める前に決着がついているのかもしれません。普段から、ちょっと気にして観察力を 高めるようにしましょう。

7. マックあるよね?
初 対面の人に「出身はどこですか?」と聞くのは一般的です。「○○」と答えが返ってきたら「駅は?」と聞いてみる。そこで駅名が返ってきたら、すかさず「あ あ、駅前にマックあるよね?」と言う。今はだいたいどこの町の駅前でも、マックはあるみたいですから「あります!あります!」となる可能性が高いわけで す。別になんてことはありませんが、これでグッと距離も近づくかもしれませんし、ネタばらしをすれば笑ってもらえるかもしれません。「どこでもマック」を 一度くらい使ってみてはどうでしょうか(笑)
【会話】笑福亭笑瓶から学ぶ、誰とでも楽しく雑談できる7つのPoint | 鹿田尚樹の「読むが価値」 (via openarms) (via ume75) (via gkojax-text) (via mcsgsym)
建設省で30年以上にわたって日本全国の河川行政に携わってきた竹村公太郎さんは、公共事業を考えるときはもちろん、歴史を見つめるときも「土地の都合」を考慮するという。6,000年前まで関東地方の海面は現在より5メートルも高かったこと、そして江戸時代には現在の皇居のすぐ目の前までが入江だったことを考えると、幕府が明暦の大火後に吉原遊郭を日本橋から浅草裏の日本堤へ移転させた意外な理由が見えてくる。

この移転によって、吉原へ向かう客は、日本堤という巨大な堤防の上をぞろぞろと歩くこととなる。この日本堤という堤防は、もし決壊すれば江戸中がみずびたしになってしまうという、江戸の急所であり、メンテナンスを欠かすことはできなかった。つまり、幕府の役人は、吉原へ向かう客を利用してこの堤防を踏み固めさせていたのではないか、というのが竹村さんの仮説である。客が大勢集まれば、それを相手とした屋台も集まり、もぐらや蛇も駆除してくれ、税金を使うことなく堤防をキレイな状態に保てるのだ。
『すごい人のすごい話』をすごい人が聴く – HONZ (via hirai)
私は以前、定職のなかったころの最後の六年間ほど、ヴァイオリンの恩師の晩年のお世話をしたことがある。その方は、パーキンソン氏病で施設に入っていた。一応の面倒は施設の人がやってくれるが、こまごまとした買い物とか話し相手には困るので、毎週言われたものを持って通ったものである。

そのすぐ前に、母の看病をしていたので、病人の扱いには慣れていたが、老人の病人はほぼ初めての経験だった。

老人には、昔食べたおいしいものの記憶が鮮明に残っているようで、しばしば申し付かった。戦前のモダン・ボーイらしく、洋菓子の注文が多かった。それも、高円寺のトリアノンのシュークリームが食べたい、というように店の指定つきである。

いまどきシュークリームなどどこにでもある。幸い緑内障で眼も見えないから、適当にごまかしておけばいいようなものであるが、万一見破られた場合、多いに具合が悪いので、結局指定された所までそのつど出向いたものだ。よほど暇だったからできたのだと思う。

ところが、せっかくそうやってお持ちした菓子も、食べてみると思い描いたような味はしない。店の味が変わったというより、先生の身体が、もう受け付けないのである。一口だけ口にして「もういいです」と言われる。こうやって、一つ一つこの世の歓びと決別する場に、私は立ち会うことになった。
ララビアータ:禁酒月間 (via ginzuna)
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